相続が発生した場合、実印や印鑑証明書に関してこのような疑問はありませんか?
①親の相続が発生した際に、長男から実印と印鑑証明書が必要だから渡してくれと言われました。渡してしまっていいんでしょうか?
② 兄弟から遺産分割協議書のここの部分に署名と実印を押印してほしいと言われました。
③ 家族からの申し出ということで、よく内容も理解しないまま署名と実印を押してしまったんですがまずかったんでしょうか?
相続が発生した場合、家族であろうと実印や印鑑証明書を簡単に渡してはいけません。
後の相続争いのきっかけになる可能性が非常に高いからです。
相手が家族であろうと、実印に関する申し出には疑わなくてはいけません。
本記事では自分の意思ではなく、実印を押してしまうことの危険性を解説します。そして実際に起きた実印トラブルと、トラブル回避のための具体的な対策について紹介します。
目次
遺産分割協議において自分の意思で実印を押印しないことの危険性
相続が発生すると、実印や印鑑証明書が必要になる以下のような場面が出てきます。
- 相続税の特例を使う場合
- 亡くなった方名義の不動産を相続人の名義に変更する場合
- 亡くなった方名義の金融口座を解約する場合
相続が発生した際には、署名と実印を押印した遺産分割協議書を作成することになります。
<遺産分割協議書とは?>
亡くなった方の財産を、相続人のうちの誰がどのように相続するのかなど、きちんと記されている書類のこと
遺産分割協議書の手続きのポイント
- 遺産分割協議書に各相続人が署名と実印を押印
- 押印した印鑑が実印であることを証明する、印鑑証明書をつける必要がある
<補足>
遺産分割協議書とは異なり、相続税の申告書自体には実印の押印は必要ありません。
申告書には認印の押印でよいです。また、2021年の4月1日からはこの認印の押印が不要になりました。
また、遺産分割協議書を作成する際の重要な注意点があります。
遺産分割協議書に実印を押印する際には、遺産分割の内容をきちんと把握し納得をした上で、自分の意思で実印を押さなければなりません。
なぜなら遺産分割協議書というのは、各相続人の実印を押して作成するからです。
つまり、家族間で一度行った遺産分割協議の内容について、後々もめたとしてもその内容を覆すことは、ほぼできません。言い換えると、遺産分割協議で自分が一番得をする分け方をした相続人は、ずっと有利な立場が続きます。
一方、遺産分割協議で損をする理由を押し付けられた相続人は、ずっと不利な立場に立たされるのです。
内容が覆らないのです。
親や兄弟に言われるがまま、一方的に不利な内容の遺産分割協議書に実印を押印し、印鑑証明書を渡してしまったため、覆さない分割ないように今も苦しんでいるという方がおられます。
実際に相談者の方から頂いた、相続における実印トラブルを2つ紹介します。
実際に相談者の方から頂いた相続における実印トラブル
実際に相談者の方からいただいたトラブルを2例紹介します。
・家族に実印と印鑑証明書を渡してしまった
・遺産協議書の内容を読まずに署名し、実印を渡してしまった
家族に実印と印鑑証明書を渡してしまった
家族に実印と印鑑証明書を渡してしまった場合は、一番問題になります。
相談者の林さんは数ヶ月前に母親を亡くされました。
母親の財産は8,000万円であり、その分割方法について長男との話し合いをする必要がありました。しかし、お互いが忙しくなかなか遺産分割協議ができずにいました。
長男からこのような提案がありました。
「お互いに忙しいから、俺が代表して相続手続きを進めておくよ。母さんと一緒に住んでいた不動産は俺が相続する。後は均等になるように俺が代理人として手続きをしておくから、実印と印鑑証明書を渡してくれ。」
林さんはこの長男からの提案に納得し、特に深い疑問を持たずに実印と印鑑証明書を長男の自宅に郵送しました。
その後長男は、遺産分割協議書と相続税の申告書の作成を税理士に依頼し、無事に申告を終わらせました。
そして後日、その申告書の控えと相続税の納付書が次男の元に届きました。それを見た次男は驚きました。
税務署に提出された申告書の控えの内容が、長男は母親の不動産と預金2,000万円を相続しており、次男である自分は預金に2,000万円しか相続できていなかったんです。
林さんは申告書の内容に対して長男に詰め寄りました。
「兄さんは母さんの不動産を相続したんだから、残りの預金4,000万円は俺のものだろう。均等になるように手続きをするって言ったじゃないか。」
しかし長男は「母さんの不動産を俺が相続した上で、預金4,000万円を兄弟二人で均等に分けよって俺は言ったんだ。お前もそれに納得して実印と印鑑証明書を俺に渡したんだろ。今更文句を言うな。」とこのような展開になってしまったんですね。
この場合次男は、自分の意思とは異なる遺産分割が行われたことを理由に、遺産分割協議書の作り直しをすることができるでしょうか?
答えはできません。
なぜなら遺産分割協議書は、各相続人の実印を押して作成するという性質上、法律に基づいた正式な書類となるからです。その内容はほぼ覆すことができません。
たとえ裁判になったとしても、民事訴訟法第228条第4項に『文章は本人又はその代理人の署名または押印がある時は先生に整理したものと推定す』との規定があります。
そのため署名実印が押印された遺産分割協議書を作り直すことは難しいのです。
林さんは、自分の意思とは違う遺産分割内容に泣き寝入りするしかありません。
遺産協議書の内容を読まずに署名し、実印を渡してしまった
山田家の姉妹の場合、母親の相続が発生しきちんと二人で遺産分割の話し合いをしました。
話し合いの結果、長女は母親と同居をしていた不動産を相続し、次女は母親の約4,000万円を相続することで、お互いが納得をしました。
その後相続手続きを取り仕切っていた次女が、長女に対して遺産分割協議書への署名と実印の押印を求めてきました。
しかし長女は自分が母親の不動産を相続するという部分だけしか読まずに、署名押印をしてしまったのです。
実際、その遺産分割協議書には「新しく発覚した財産は、全て次女が相続する」という文言が書かれていました。
その後相続税の申告が終わった後、遺産分割協議の際には見つかっていなかったタンス預金が300万円出てきました。
新しく出てきた300万円は姉妹間で150万円ずつ分けるものだと、長女は思っていました。
しかし次女は「きちんと遺産分割協議書のこの部分に新しく発覚した財産は全て次女が相続するって書いてあるでしょ。お姉ちゃんはこれに納得して実印を押したんだから、この300万円は当然全額私がもらいます。」とこのような展開になってしまいました。
長女が「損な一文があるなんて知らなかった、私は納得できない。」と主張したとしても、署名と実印が押印された遺産分割協議書の内容を無効にすることは難しいです。
山田家の長女も、新しく発覚した300万円に関しては、泣き寝入りするしかないんですね。
このように遺産分割協議書に署名と実印を押印し、印鑑証明書を作るという行為は皆さんが考えておられる以上に、法的な効力が大きいです。
皆さんの身に実印をめぐっての相続争いが起きないよう、行うべき具体的な対策について見ていきましょう。
実印トラブルを回避するための具体的な対策
遺産分割協議書の作成手順
- 亡くなった方の財産債務を把握する
- その財産債務の評価額を算定する
- 財産目録としてまとめて、それをもとに誰がどの財産を相続するのかを話し合う
- 話し合いが完了した際に遺産分割協議書を作成する
- その遺産分割協議書に各相続人が署名、実印を押印する
1例目の林家の実印トラブルは、次男が自分の手続きを全て長男に任せてしまったことによって起こりました。
林家の場合、次男は1から3を全て長男に任せてしまったのです。
また4と5も具体的な数字をお互いに提示しないまま、簡単な会話で済ませてしまいました。お互いの認識に齟齬があったことに気づけなかったのです。
その結果、長男が不動産と預金2,000万円を相続し、次男は預金2,000万円しか相続ができませんでした。
次男が全ての手続きを長男任せにせず、親の財産はいくらなのかという部分を事前に財産目録で確認すべきでした。
具体的な数字を提示しながら、きちんと長男と話し合いをしていれば、2,000万円の財産しか相続できなかった!という事態は避けることができたんですね。
忙しくて相続手続きに参加できないという方も、亡くなった方の財産目録の内容などは、自分でチェックをするようにしてください。
一方、山田家の実印トラブルは、長女が遺産分割協議書の内容をしっかりと確認しなかったことによって起こりました。
<遺産分割協議書に署名実印を押印される際の注意点>
- 他の家族はどういったものを相続するのか?
- 債務や葬式費用を承継するのは誰になっているのか?
- 新しく財産が出てきた際の分割方法はどうなっているか?
自分が相続する財産の内容のみを確認するのではありません。
これらのポイントをしっかりと確認してから、署名実印を押印する必要があります。
財産争いを起こさないためには
相続が発生すると実印や印鑑証明書が必要になる場面が出てきます。
家族からの要求に応じて安易に実印や印鑑証明書を渡すことや、何も考えずに署名や実印を押印することは、後の相続の争いのきっかけになる可能性が非常に高いです。
- 家族の要求であったとしても、全てを言われるがままに応じない
- 亡くなった方にはどのような財産や債務があるのかきちんと財産目録で確認をする
- どの相続人がどんな財産をいくら相続するのか?
- 債務や葬式費用を承継するのは誰になっているのか?
- 新しく財産が出てきた際には家族間でどのように分けるのか?
こういった部分についてしっかりと遺産分割協議書を確認して頂ければ、今回紹介したような財産を巡っての争いが起こる可能性は、グッと低くなると思います。
また、遺産分割協議書は相続税がかかる、かからないに関わらず作っておいた方がよいです。
その具体的な内容については次の動画で詳しく解説しております。
「【重要】相続税が掛からなくても遺産分割協議書を作っておくべき〝3つ〟の理由」
秋山清成
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