生前葬(せいぜんそう)とは、自分がまだ生きているうちに、自らの葬儀を行うことです。本来は亡くなった後に営まれるものですが、生前葬では本人が主催し、家族や友人を招いて自分自身のお別れの会を開きます。「人生の卒業式」や「生前の告別式」と呼ばれることもあり、感謝の気持ちを伝える場として、自分自身でプロデュースする葬儀という捉え方が広がっています。
背景には高齢化の進行と「終活」への関心の高まりがあります。かつては生前の葬儀準備は縁起が悪いと避けられていましたが、今では事前に葬儀の形を考える人も増えています。有名人の事例も影響しており、たとえばプロレスラーのアントニオ猪木さんは74歳のときに両国国技館で大規模な生前葬を行いました。まだ広く一般化しているとはいえませんが、「元気なうちにお世話になった人へ直接感謝を伝えたい」「自分らしいかたちで見送られたい」といった思いから、関心を持つ人が増えているようです。
目次
生前葬を行うメリット
生前葬には、本人や周囲にとって次のようなメリットがあります。
自分の思い通りに葬儀を演出できる
亡くなった後の葬儀は家族が取り仕切りますが、生前葬なら式の内容や進行を自由に決めることができます。趣味や人生観をテーマにした演出など、通常の葬儀では難しいアイデアも実現可能です。自分で企画して、自分らしいお別れの場をつくれるのは、きっと大きな喜びにつながるでしょう。
時間的な制約が少ない
一般的な葬儀は亡くなってから火葬まで数日以内に行う必要があり準備が慌ただしくなります。しかし生前葬は火葬の日時に縛られないため、十分時間をかけて計画できます。式の長さやタイムテーブルも自由に設定でき、ゆったりとした進行で思い残すことなく当日を過ごせます。
家族の負担軽減
生前葬は本人が主体となって準備・進行するため、遺された家族の負担を減らせます。生前にお別れの場を設けておくことで、実際に亡くなった後の葬儀を簡略化しやすくなります。その結果、家族の心身の負担や経済的負担を軽減することにもつながります。
感謝や謝罪を直接伝えられる
普通の葬儀では故人はもう言葉を発することができません。しかし生前葬であれば、本人が元気なうちにお世話になった方々へ感謝や謝意の気持ちを自らの言葉で伝えることができます。大切な人たちと会話し、お別れや感謝の気持ちを交わせる貴重な機会になります。
明るく前向きな式にできる
生前葬は死を目前にした悲壮感に包まれるものではなく、本人が元気なうちに参加できるため、明るく和やかな雰囲気で行われるケースがよく見られます。形式にとらわれずホテルやレストランで立食パーティーのように催すことも多く、笑いや音楽のあるカジュアルなスタイルにできる点も魅力です。
本人の心の準備ができる
生前葬の準備プロセス自体が、自分の人生を見つめ直し心の整理をする良い機会になります。人生の締めくくりとして、自分で旅立ちの準備をすることで悔いなく残りの人生を過ごせるという精神的メリットもあるでしょう。
生前葬のデメリット
一方で、生前葬には注意したいポイントや気になる点もあります。
死後に別途葬儀が必要
生前葬を行ったからといって、亡くなった後の正式なお葬式が完全に不要になるわけではありません。法律上、死亡後には火葬等の手続きが必須ですし、家族の気持ちとして改めて故人を送り出す場(通夜や告別式)を設ける場合もあります。結果的に二度葬儀を行うことになり、時間的・経済的負担が増える可能性があります。
費用負担が増える
上記のように死後にも葬儀費用が別途かかるうえ、生前葬自体の費用も発生します。生前葬の費用は規模や内容によって大きく異なり、豪華にすれば高額になることもあります。亡くなった後の葬儀は小規模に抑えることもできますが、葬儀を二回行う可能性を考えるとトータルの支出はどうしても増えがちです。
周囲の理解を得にくい場合がある
生前葬はまだ一般には浸透していない風習です。「葬式は本来死後に行うもの」という考えが根強いため、「生前に葬儀なんて不謹慎だ」「縁起でもない」と拒否反応を示す方もいます。親族の中にも抵抗を感じる人がいるかもしれません。周囲に十分説明し理解を得ないまま独断で進めると、トラブルに発展する恐れもあります。
宗教的な制約
信仰する宗教によっては生前葬が教義に反するとみなされる場合があります。特にキリスト教では「死は魂の新たな出発であり生前に悲しむものではない」という考え方から、生前葬(生きている人の葬儀)を行うことは基本的にNGとされています。敬虔なクリスチャンの方などは教会の指導者とよく相談する必要があるでしょう。
細やかな配慮が必要
生前葬は自由度が高い分、主催者本人が細かなところまで気を配らなければなりません。招待客への案内文の書き方ひとつとっても、驚かせない工夫や気遣いが必要です。また本人が高齢や病気の場合、当日の体調管理や進行の無理のない設計にも注意しなければなりません。せっかくの会が本人にとって負担になってしまっては本末転倒なので、周囲の協力も得て無理のない範囲で計画することが大切です。
生前葬には良い面だけでなく注意すべき点もあります。メリット・デメリット双方を理解した上で、家族とも十分話し合って検討することが重要です。
生前葬の企画準備の立て方
生前葬を成功させるには、事前の計画が肝心です。ここでは、生前葬を企画する際に考えておきたいポイントを順番に説明します。
1. 目的とコンセプトを明確にする
まず「なぜ生前葬を行いたいのか」を自分の中ではっきりさせましょう。感謝を伝える場にしたいのか、親しい人たちへのお別れが目的か、それとも人生の区切りとして自分の集大成を披露したいのか、人それぞれ動機は違います。目的が定まると式の雰囲気や演出の方向性も見えてきます。例えば「明るく感謝を伝える会」にしたいのか、「厳粛にお別れをする式」にするのかで準備も変わってきます。
2. 開催時期を決める
生前葬を行うタイミングに決まりはありませんが、区切りの良い時期を選ぶことが多いです。長寿のお祝いを兼ねて米寿(88歳)や白寿(99歳)などの誕生日に合わせたり、会社の定年退職や趣味の活動引退の節目に行ったりするケースなどです。闘病中の方で余命宣告を受けている場合は、体力の許すタイミングで早めに企画することもあります。交友関係が広い方は、隠居する前に生前葬を行っておくことで「お元気なうちにご挨拶」という形になり、周囲も安心できるでしょう。
3. 招待する範囲(規模)を決める
誰を招くか、招待客の範囲を決めましょう。家族親族だけの内輪で行うのか、友人知人・仕事関係者まで幅広く声をかけるのかで規模が変わります。まずは参加予定人数の目安を立てます。過去の年賀状やアドレス帳、電話帳、名刺などを見ながら、感謝を伝えたい相手をリストアップすると良いでしょう。
招待し忘れがあると後々「自分だけ招待されなかった」といったトラブルにもなりかねませんので注意してください。規模によって会場選びや費用も大きく変わるため、この段階で大まかな招待客リストを作成しておきます。
4. 家族と相談する
生前葬は本人の意思で行うものですが、家族の理解と協力も不可欠です。まずは家族に相談し、同意を得るようにしましょう。特に年配の家族ほど抵抗を感じる場合があります。
「自分が亡き後に家族に負担をかけたくない」「元気なうちにお礼を言いたい」といったあなたの想いを丁寧に伝え、心配事や疑問にも答える形で話し合ってください。それでも反対が強い場合は、無理に「葬」という言葉を使わず「〇〇感謝の集い」など名称を工夫して柔らかく提案する方法もあります。家族と十分に話し合い、納得してもらった上で準備を進めることが大切です。
5. スタイル(宗教形式)の検討
生前葬には大きく分けて、宗教色のない「無宗教のお別れ会スタイル」と、従来の葬儀のような「宗教儀礼を取り入れたスタイル」の2種類があります。自分はどちらで行いたいか、この段階で考えてみましょう。多くの場合は堅苦しい儀礼を省いたパーティー形式(無宗教葬)で行われますが、菩提寺(お寺)や信仰がある場合は僧侶や神職を招いて仏式・神式に倣った進行にすることも可能です。
後述の「生前葬の式の流れ」で各形式について具体的に紹介しますが、自分と招待客にとってふさわしいスタイルはどちらか検討しておきましょう。
6. おおまかな予算設定
規模とスタイルが決まったら、予算の目安も立てます。
生前葬の費用は招待人数や内容によって大きく変動します。人数が増えると、それに伴い料理代や記念品(返礼品)、会場費なども増えていきます。他にも案内状の作成・郵送費、司会者やスタッフを頼むなら人件費、映像や音響を凝ればその機材・制作費、お花で会場を飾れば装花費用…とオプション次第で際限なく費用は膨らみます。
反対に、会場を公民館にしたり手作りで済ませたりすれば費用は抑えられます。家族や親しい仲間内でこぢんまり行うなら20~30万円程度、ホテルでそれなりに行うなら数十万円規模、大掛かりに演出すれば100万円以上かかることもあります。予算や希望内容に合わせて、この時点で「上限○万円くらいまで」など予算イメージを持っておきましょう。
7. プロに相談することも検討
生前葬の企画をどこまで自分でやるかも決めます。最近は葬儀社や式場が生前葬プランの相談に乗ってくれることも増えています。「感謝の会」といった名称でイベント企画を受け付けている会社もあります。自分や家族だけで準備が難しい場合は、信頼できる葬儀社・式場に事前相談してみるのも良いでしょう。見積もりを取れば具体的な費用感もつかめますし、当日の進行サポートを依頼することで本人や家族は安心して式に臨めます。
以上が基本的な企画準備の流れです。生前葬はまさにゼロから作るオーダーメイドの式ですので、事前準備に時間をかけるほど満足のいく内容にできるでしょう。「こんなことをしてみたい」というアイデアがあれば遠慮なく盛り込みつつ、無理のない計画を立ててください。
開催までの手続きと準備事項
生前葬を開催する段取りについて、チェックしておきたい主な手続きを時系列でまとめます。
少人数であれば自宅や地域の公民館・集会場でも可能です。参加人数が多い場合は、ホテルの宴会場、貸切可能なレストラン、セレモニーホール(葬祭場)のホールなどを借りるとよいでしょう。ホテルの宴会場は設備やケータリングも整っているため、生前葬の会場としてよく利用されます。一般の葬儀と同様、招待客が集まりやすい交通アクセスの良さも考慮して場所を決めましょう。
日程が決まったら早めに会場を押さえ、必要なら下見をしてレイアウトや動線を確認します。
無宗教形式で進行役の司会者が必要な場合は、プロの司会者や話し上手な知人に依頼します。当日のプログラム内容も共有し、進行台本の準備を進めます。音楽演奏など外部に依頼する余興がある場合も、出演者と演目・タイミングを打ち合わせておきます。
また香典や会費の扱いについても案内します。香典を辞退する場合は「ご香典ご辞退申し上げます」と書き、代わりに会費制にするなら「会費○○円」と明示します。こうした情報がないと招待客が戸惑いますので、失礼のない丁寧な案内文を心がけましょう。案内状は遅くとも1〜2ヶ月前までには発送し、出欠の返事をもらって人数を確定させます。
・会場のレイアウト決定(席配置、受付やステージ位置など)
・音響・映像機材の準備(マイク、スピーカー、プロジェクター、スクリーン等)
・写真やスライドショーの用意(生い立ち紹介映像などを作成)
・思い出コーナーの準備(アルバム展示、トロフィーや趣味の品展示など)
・式次第の印刷(当日配布する場合)
・返礼品や記念品の準備(来てくださった方へのお礼の品や手紙など)
・受付担当や進行スタッフの依頼(受付、写真・ビデオ撮影係など)
・飲食の手配(仕出しやケータリングの最終人数連絡、メニュー確認)
特に食事を伴う場合、料理内容や配膳タイミングも会場担当者と綿密に打ち合わせます。自宅開催の場合は仕出し弁当やケータリングサービスを利用するとよいでしょう。本人の挨拶やスピーチの練習、体調管理もしっかりと。必要であればかかりつけ医と相談し当日に備えます。
万全の準備をしておけば、当日は主催者も安心して式に臨むことができるでしょう。
生前葬の式の流れ(無宗教・仏式・神式・キリスト教式)
生前葬には決まった形式がないため、式の流れも自由ですが、ここでは代表的なスタイルごとに当日の一般的な流れを紹介します。それぞれ宗教儀礼の有無で大きく異なりますので、自分の希望する形式に合わせて参考にしてください。
無宗教スタイル(お別れ会・感謝の会)
最も多いのが宗教にとらわれない自由なスタイルの生前葬です。葬儀というより宴会や同窓会のような、和やかなパーティーに近い雰囲気で行われます。ホテルや宴会場を会場に、立食ビュッフェ形式で進めるケースも多いです。
この形式では宗教的な焼香や玉串奉奠などは行わず、代わりに感謝のスピーチや思い出の映像上映などが中心になります。一般的な流れの一例は以下の通りです。
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開会・挨拶
司会者または主催者本人が開会を宣言し、参列者へ趣旨を説明します。「本日はお集まりいただきありがとうございます。これは○○さん(本人)による感謝の会です」など、生前葬の目的や本日のプログラムを簡単に紹介します。本人からも「生前葬を開くに至った経緯や想い」の挨拶があると良いでしょう。 -
主催者本人のスピーチ
本人がマイクを握り、招待客へのお礼やメッセージを伝えます。「今日は自分勝手なお願いでこうした会を開かせてもらいました」など感謝と開催の意図を述べ、明るく会を楽しんでほしい旨を伝えます。 -
家族代表の挨拶(必要な場合)
本人の配偶者や子どもなど近親者が、一言お礼や挨拶をする場合もあります。「本日は○○のためにお集まりいただきありがとうございます」など家族から参列者への感謝を述べます。 -
乾杯・食事歓談
パーティー形式の場合、ここで乾杯の発声を行い、食事や歓談の時間に入ります。料理や飲み物を楽しみながら、参列者同士や本人との会話を自由に楽しむ時間です。 -
余興・出し物
会の途中で、趣向を凝らしたプログラムを行います。本人の半生を振り返るスライドショー上映や、自分史ビデオの上映は定番です。親しい友人からのエピソード紹介、会社の同僚からのエール、趣味の仲間による歌や演奏なども感動的です。またビンゴ大会やくじ引き抽選会、カラオケ大会など明るい余興を取り入れても構いません。
このように内容はアイデア次第でさまざまに工夫できます。本人自身が特技を披露する「○○葬」(例:生演奏をする音楽葬、漫談をするお笑い葬)といった演出もユニークですね。 -
参列者からのメッセージ
参列者から本人へメッセージや手紙を読んでもらったり、会場全体で写真撮影をしたりする時間も設けると良い思い出になります。 -
主催者から記念品贈呈
本人から参加者へお礼の品やメッセージを渡す時間です。「今日は来てくれてありがとう」の気持ちを込めたプチギフトや手紙を用意しておき、直接手渡しすると喜ばれます。 -
閉会の挨拶
最後に司会者または本人から締めくくりの挨拶をします。「本日はありがとうございました。皆様のおかげで最高の門出になりました」といった感謝の言葉で結びます。場合によってはここで本人が改めて皆に別れの言葉を述べることもありますが、悲しい雰囲気になりすぎないよう明るく伝えるのがポイントです。 -
お見送り
参列者を出口で見送り、一人一人と握手やハグを交わして別れを惜しみます。写真撮影に応じたり、「またね」「元気でね」と声を掛け合ったり、笑顔でお別れしましょう。
以上が一般的なお別れ会スタイルの流れです。かなり自由度が高いので、自分や参列者が「楽しい」「心温まる」と感じられる進行を考えてみてください。
仏式の生前葬
仏式の生前葬は、通常のお葬式に近い厳かな進行で行うスタイルです。菩提寺の僧侶に来てもらい、お経をあげてもらったり焼香の儀式を取り入れたりします。ただし実際の葬儀と違い、本人が棺に納められているわけではなく目の前で生きて参加している点が決定的に異なります。悲しみに沈むのではなく、しめやかであっても明るい雰囲気で行うことができます。
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読経
僧侶による読経から開始します。本人は参列者席か前方に着席し、家族とともに手を合わせます。場合によっては本人が祭壇に向かって焼香を行うこともあります。 -
法話
僧侶から短い法話をいただきます。通常の葬儀でも行われますが、生前葬の場合は本人と会場の皆さんに向けた人生の教訓のような内容になるかもしれません。 -
焼香の時間
参列者が順番に焼香台に進み、お香を焚いて一礼します。普通の葬儀では故人に対する弔意表明ですが、生前葬では「これまでお疲れさま」「ありがとう」という気持ちで焼香してもらう形になります。本人はその様子を見守りつつ、焼香してくださる方一人ひとりに会釈などで応えます。 -
弔辞(スピーチ)
親族代表や友人代表による送る言葉のスピーチを行います。通常の葬儀では故人への追悼として行われますが、生前葬では「まだ健在の○○さんへ贈る言葉」として、本人への労いと今後の祈りを述べる内容になります。本人が直接それを聞けるのが生前葬ならではの光景です。 -
本人からの挨拶
式の終わりに、本人から参列者全員に向けてお礼と挨拶を述べます。「本日は私のためにお集まりいただきありがとう。皆さんのおかげで幸せな人生でした」といった感謝のスピーチをします。途中で感極まって涙してしまうかもしれませんが、最後は笑顔で手を振るなどして締めくくりましょう。 -
記念撮影・お見送り
閉式後、集合写真を撮ったり、個別に写真を撮ったりします。最後は出口でお見送りし、参列者一人ひとりにお礼を伝えます。
仏式の場合、戒名を生前に授かることもあります。戒名(法名)とは本来亡くなったあとに付ける仏教上の名前ですが、お寺と相談して、生前にいただくことも可能です。生前戒名をもらっておけば、本人が好きな字を入れてもらえたり(※僧侶の判断によります)、亡くなった後に家族がお寺に戒名料を支払う負担を減らせる利点もあります。
注意したいのは、生前に仏式の儀式を行っても、法律上は正式な葬儀とはみなされないという点です。そのため、亡くなった後には火葬などの最低限の儀式をあらためて行う必要があります。「自分はお寺で生前葬を済ませたから葬式不要」と考えていても、遺族や周囲は戸惑う可能性がありますので、死後の扱いについても事前に話し合っておきましょう。
神式の生前葬
神道の形式で生前葬を行う場合は、神式の葬儀(神葬祭)に準じた流れを参考にして構成されるのが一般的です。神葬祭では、亡くなった人の霊を「御霊(みたま)」として祀り、鎮めるための儀式が行われます。御霊は、子孫に継続して祀られることで、やがて「祖先神」としての性格を帯びていくと考えられています。このような神道の考え方から見ると、生前に葬儀を執り行うという発想は、本来の教義とは少し異なる位置づけになります。
そのため、生前葬として神職を招く場合には、厳密な神葬祭ではなく、長寿を祝う会の延長として、神道の儀礼を一部取り入れた形式になることがほとんどです。
一般的な神式の流れは次の通りです。
- 修祓(お祓い)
- 祝詞奏上
- 玉串奉奠
- 誄詞(るいし/弔辞にあたるもの)
- 親族代表の挨拶
- 斎主一拝
- 退場
生前葬ではこの中から、たとえば参列者が榊(さかき)の玉串を神前に捧げて二礼二拍手一礼する「玉串奉奠」や、本人と家族による拝礼、さらに誄詞の代わりに長寿や感謝の気持ちを込めた祝詞(のりと)を奏上する場面などを取り入れる形が多く見られます。
ただし、神道では死を「穢れ」として避ける意識が強く、神社で葬儀を行うことは基本的にありません。そのため、神式で生前葬を希望する場合は、自宅や葬祭場に神職を招いて行うのが現実的な選択となります。
神道では、亡くなった後に初めて故人が祖先神として祀られるという考えがあるため、生前に「葬儀」を行うこと自体、あまり一般的なものとはされていません。よほどのこだわりがない限りは、無宗教の形式で生前葬を行い、実際に亡くなった後に改めて正式な神葬祭を執り行うほうが、自然で無理のない流れといえるでしょう。いずれにしても、事前に神職の方と相談し、どのような内容にできるかをしっかり確認しておくことが大切です。
キリスト教式の生前葬
キリスト教(カトリック・プロテスタント)では、基本的に「生前葬」という考え方はありません。キリスト教の葬儀は、「死は終わりではなく、新たな命の始まり」という教義に基づき、亡くなった方の魂が神のもとへ召されることを祈る宗教儀式です。そのため、生きている本人に対して葬儀を執り行うことは、教義上認められていないのが一般的です。
実際、日本でもキリスト教信者が生前葬を行った例は非常に少なく、多くの教会では「生前葬」としての儀式を依頼しても受け入れられない可能性があります。ただし、「感謝の集い」や「お別れのパーティー」といった形で、宗教的な要素を抑えた催しを開くことは可能です。
たとえば、プロテスタントの信者であれば、教会外の会場で讃美歌やゴスペルを流し、牧師に出席してもらって短い祈りを捧げてもらうという形がとられることもあります。カトリックの場合も同様に、教会の外で信徒の集まりとして開き、正式な儀式は亡くなった後にミサとして執り行うのが一般的です。
このように、キリスト教の教義に則った厳密な意味での葬儀は、生前に行うことはできません。信者の方が生前に感謝の気持ちを伝える場を設けたいと考える場合は、無宗教に近い形式で行い、死後にあらためて教会で正式な葬儀を行う「二段構え」のかたちが現実的でしょう。信仰をお持ちの場合は、必ず所属教会の聖職者に相談し、宗派や教会の方針に沿った形を確認することが大切です。
実際の生前葬の事例紹介
ここでは、生前葬の具体的な開催例をいくつかご紹介します。実例を知ると生前葬へのイメージがよりつかみやすくなるでしょう。
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水の江瀧子さん(女優)
日本における生前葬の先駆けとして知られる存在です。水の江さんは78歳の誕生日を迎える前日に、都内のホテルで生前葬を開きました。「会いたい人に会っておきたい」という想いから、森繁久彌さんを葬儀委員長に迎えるなど、盛大に開催されました。約500人が参列し、翌年には芸能生活の引退作となる映画に出演したのを最後に、公の場から身を引きました。その後は穏やかな晩年を過ごし、94歳で亡くなられています。 -
アントニオ猪木さん(プロレスラー)
2017年、74歳のときに「アントニオ猪木『生前葬』」と題したイベントを東京・両国国技館で開催しました。長年のキャリアをたたえる壮大なエンターテインメントショーのような内容で、弟子や多くのファンが集まりました。猪木さん自身もリングに登場し、「道」などの名言を披露して健在ぶりをアピールしました。
その後、2022年に亡くなられた際には、この生前葬での晴れやかな最後の勇姿が大きく報道されました。 -
小椋佳さん(シンガーソングライター)
2014年、自身の70歳を記念して「生前葬コンサート」と題した4日間連続公演をNHKホールで開催しました。毎日25曲ずつ、計100曲を歌い上げる内容で、有終の美を飾るような大規模なステージとなりました。その後も音楽活動は続けられていますが、このコンサートは本人にとって集大成であり、生前葬という形でファンに感謝を伝えた例です。 -
ビートたけしさん(タレント)
ビートたけしさんは少しユニークな形で生前葬を行いました。2009年、62歳のときに自身の冠テレビ番組の記者会見の場で「ビートたけし生前葬」というコント仕立ての葬式を披露し、その模様が番組初回に放送されました。番組の宣伝を兼ねた企画でしたが、「コントで葬式をやると番組が当たるから」という理由で自らをネタにした生前葬コントを行い、笑いを誘いました。このようにお笑いの題材にしてしまう例もあり、生前葬の自由さを物語っています。 -
桑田佳祐さん(ミュージシャン)
南こうせつさんなどと並ぶ国民的歌手の桑田さんも、テレビ番組内で疑似的な生前葬企画を行いました。2009年、53歳のときにフジテレビ系列の音楽バラエティ番組で「桑田佳祐追悼特別番組」という設定を敢行。番組冒頭で女子アナが桑田さんの訃報ニュースを読み上げるフェイクから始まり、数分後に桑田さん本人が虎の着ぐるみで登場。「一度死んでもらって生まれ変わった音楽番組を始める」という演出で視聴者を驚かせました。こちらもエンターテイメント性の高い生前葬の一例と言えるでしょう。 -
テリー伊藤さん(テレビプロデューサー)
テリー伊藤さんは2010年、60歳の還暦を迎えたタイミングで東京・青山葬儀所にて生前葬を行いました。テレビ番組としても「還暦を祝ってテリー伊藤の生前葬」として放送され、芸能界から多数の出席者が集まりました。赤いちゃんちゃんこではなく葬儀の喪服姿で現れるというユーモアを交えつつ、ご本人は棺桶に入るパフォーマンスまで披露したそうです。笑いあり涙ありの演出で、自身のキャラクターらしい生前葬だったと言われています。
これらの事例からも分かるように、生前葬の形は実にさまざまです。厳粛なものからユーモアにあふれたもの、趣味を全面に取り入れたもの、さらには慈善活動を兼ねたものまで、その人らしさが色濃く表れる“最期の演出”とも言えるでしょう。
たとえば、ミュージシャンの故・池田貴族さんは「チャリティー生前葬ライブ」と題したイベントを開催し、その収益を寄付するという社会貢献の形で生前葬を行いました。
大切なのは、本人も周囲の人たちも笑顔で「その人らしい人生だったね」と感じられることなのかもしれません。
生前葬にまつわるよくある質問
生前葬について寄せられることの多い疑問点とその回答をQ&A形式でまとめました。
生前葬はいつ頃行うのが良いですか?
特に決まりはありませんが、多くの方は節目となるタイミングで生前葬を行っています。例えば、長寿祝いを兼ねて喜寿・傘寿・米寿などの誕生日に合わせたり、定年退職後に実施するケースがよく見られます。また、趣味や芸術活動の引退、住み慣れた土地からの転居といった「人生の区切り」に合わせると、周囲も招待しやすいでしょう。闘病中で余命宣告を受けている場合は、体調が許す限りなるべく早めに開催するのがおすすめです。大切なのは「元気なうちに開く」ことで、「まだ早いかも」と迷わず、タイミングが来たら実行に移すほうが後悔が少なくなります。
生前葬にはどれくらい費用がかかりますか?
費用は幅広く、豪華に行えば数百万円かかることもありますし、身内だけの質素な会なら数万円で済む場合もあります。一般的な目安としては、家族や親族中心の小規模な生前葬であれば20〜30万円程度、ホテルなどである程度の人数を招く場合は50〜100万円前後を見込んでおくとよいでしょう。費用の大部分は料理代や会場代など、人数に応じて増える部分です。映像や演出にこだわると、その分追加費用がかかります。費用をできるだけ抑えたい場合は、公的な施設を会場に選んだり、招待客を絞ったり、自分たちでできる準備は手作りするなど工夫しましょう。また、生前葬に過度な費用をかけると、遺された家族の生活に支障をきたすこともあるため、無理のない予算で計画することが重要です。
香典は受け取るべきでしょうか?参列者へのお礼は?
生前葬では、香典を辞退することが多くなっています。亡くなったわけではないため弔慰金は必要なく、主催者が会の費用を全額負担して「お世話になった方への感謝」とするケースがほとんどです。ただし、会費制を採用する場合もあります。会食を伴うパーティー形式では、1人あたり1〜2万円程度の会費を設定し、香典やお祝い金は別に受け取らないという方法です。どちらの場合も、案内状に「香典辞退」や「会費制○○円」などを明記しておくことで、参列者が迷わずにすみます。
参列者は、主催者が香典辞退を明示している場合は無理に用意する必要はありません。どうしても気持ちを示したい場合は、お花や小さな贈り物を用意したり、事前に主催者に相談したりするとよいでしょう。
主催者は参列者へのお礼として、会の最後に手土産や記念品を配ることが多く、後日あらためて礼状を送ることで感謝の気持ちを伝えるのが丁寧です。
生前葬をしたら、亡くなった後の葬儀はやらなくていいのですか?
いいえ、死後の手続きや儀式は別に必要です。生前葬と法律上の葬儀(死亡後の通夜・告別式・火葬など)は異なるもので、生前葬はあくまで生きている間に行うセレモニーにすぎません。死亡届の提出や火葬許可の取得、遺体の火葬・埋葬といった法的手続きは省略できません。したがって、生前葬を行っても、亡くなれば必ず火葬は行わなければなりません。ただ、生前葬を済ませておくことで「死後は家族葬程度の簡素な式にしたい」という合意が得やすく、葬儀の規模を小さくできるメリットがあります。生前葬を終えたからといって「葬式は不要」と自己判断せず、死後の対応について家族とよく話し合い、事前に取り決めておくことが重要です。エンディングノートや遺言書に葬儀の希望を具体的に記しておくと安心です。それでも周囲の意向で葬儀が行われる可能性があるため、柔軟な心構えも必要でしょう。
家族が生前葬に反対しています。どうしたらいいでしょう?
日本では生前葬に抵抗を感じる方も少なくありません。家族が反対する場合は、まずその理由をしっかり聞くことが大切です。「縁起が悪い」「周囲の目が気になる」「お金がもったいない」など、理由はさまざまでしょう。それぞれの思いに対して、あなた自身の考えを冷静に伝えてみてください。「葬儀を自分で済ませておけば家族に負担をかけないと思った」「○○さん(家族)に直接感謝の気持ちを伝えたい」と素直に話しましょう。そのうえで無理に押し通すのではなく、家族の気持ちにも配慮した代替案を検討してください。例えば、生前「葬」という言葉に抵抗があるなら「ありがとうの会」として開催する、親族以外は招かず小規模に行う、費用は自分の貯金でまかなうなど、歩み寄りの方法があります。どうしても反対が強い場合は、無理に実行せず時間をおいて再度提案するのも一つの方法です。何よりも大切なのは、家族を含めてみんなが笑顔でいられること。十分に話し合い、理解を得てから計画を進めましょう。
生前葬を行う際のポイント
最後に、生前葬を開催するにあたって押さえておきたいポイントをまとめます。
家族・親族の合意を得る
Q&Aでも述べた通り、生前葬は周囲の理解が不可欠です。特に配偶者や子供など近しい家族の気持ちを無視して進めると後々トラブルの原因になります。事前に時間をかけて説明し、納得してもらった上で計画するようにしましょう。可能であれば家族にも準備を手伝ってもらい、皆で作り上げる会にすると一体感が生まれます。
宗教上の是非を確認
自身や家族が熱心な信仰を持つ場合、その宗教で生前葬が許容されるか確認が必要です。特にキリスト教では生前葬は避けるべきとされています。仏教でも宗派によって考え方が異なる場合があります。菩提寺や教会などに相談し、適切な形を探すことをおすすめします。
死後の手続き・儀式の準備
生前葬を行ったからといって、死後の手続きが自動的に済むわけではありません。火葬や埋葬許可の申請、納骨先の準備などの手続きは別途必要です。また、遺産相続や各種名義変更といった葬儀後の事務手続きもあります。生前葬を考えている方は、終活の一環としてエンディングノートに葬儀や埋葬の希望、資産目録、連絡先リストなどを書き残しておくと安心です。さらに、生前葬で配布した資料や映像は、亡くなった後に遺影や思い出ビデオとして活用できることもあるため、これらのデータを家族に託しておくこともおすすめします。
招待客への配慮
生前葬に招かれる方の中には最初は驚く人もいるかもしれません。「自分はまだ死なないけどお別れ会をします」と伝えることに抵抗を感じる場合、事前に電話や直接会って説明するのも親切です。年配の招待客には、生前葬の案内状だけでは趣旨が伝わりにくいこともあります。「感謝の会なので気軽に来てくださいね」といった一言があると相手も安心します。
また当日は参列者の表情にも気を配りましょう。中には感極まって泣き出す方もいるかもしれません。そういう時は本人が「大丈夫だよ」と声をかけるなど、主催者として場の雰囲気を明るく導く心構えも持っておきましょう。
健康状態に留意
生前葬を開く方は高齢者や病を抱えた方が多いです。当日は想像以上に体力を使います。準備段階から無理をしないことが大切です。周囲に適宜任せられることは任せ、当日に備えて体調管理をしてください。持病の薬や酸素吸入など必要なものは忘れずに用意を。当日は途中で休憩時間を入れたり椅子に腰掛けたまま進行できるようにするなど、負担を軽減する工夫も大事です。
法律・マナーの範囲内で演出
生前葬は自由に行えますが、公序良俗に反しないことが基本です。例えば、火気の使用や大音量の演出は会場の規則を守り、近隣への迷惑を避けましょう。また、葬儀に似せたからといって法的な扱いが変わるわけではないため、「死亡届を偽って提出する」「死亡記事を新聞に掲載する」など、誤解を招く行為は控えるべきです。あくまで生きている本人が主役のイベントであることを忘れず、常識の範囲内で工夫を凝らしてください。
終わりに
生前葬は決して「縁起でもないこと」ではなく、前向きに人生を締めくくるための大切なセレモニーです。工夫して計画すれば、本人はもちろん参列者にとっても「心に残る素敵な一日」になるでしょう。
初めは戸惑いがあるかもしれませんが、親しみやすい雰囲気で進めることで周囲の理解も得やすくなります。ぜひこの記事を参考に、自分らしい生前葬のアイデアを膨らませてみてください。そして実施する際は、家族や友人と十分に話し合い、感謝と思いやりの気持ちを大切に準備を進めましょう。