エンバーミングとは、ご遺体を長期間にわたり衛生的に保存するための処置(遺体防腐処置)のことで、日本語では「遺体衛生保全」とも呼ばれます。近年、日本でも少しずつ普及が進みつつあり、故人を生前の安らかな姿に整えてゆっくりお別れができる方法として注目されています。
本記事では、エンバーミングの具体的な工程や所要時間、費用相場をはじめ、メリットと利用時の注意点までを丁寧に解説します。大切な故人とのお別れに後悔がないよう、ぜひ参考になさってください。
エンバーミングの役割と必要とされる場面
エンバーミングは、故人のご遺体に防腐や消毒処置を施して衛生的に保全し、生前に近い穏やかな表情を保つ技術です。通常、ご遺体は死後すぐから腐敗が進みますが、防腐処置により臭いの発生や見た目の変化を抑え、安全に長期間保存することが可能になります。
この章では、エンバーミングの基本的な役割や、日本ではどのような場面で必要とされているか見ていきましょう。
エンバーミングの定義と目的
エンバーミングは日本語で「遺体衛生保全」といい、ご遺体の血液を防腐剤に置き換えて全身を衛生的に保護する処置のことです。ご遺体の消毒・殺菌が行われ、細菌やウイルスの繁殖を防ぐことができます。腐敗の進行を遅らせ臭いを軽減することで、公衆衛生上も安全な状態にします。
専門資格を持つエンバーマー(遺体衛生保全士)によって施術され、処置後はドライアイスや保冷設備に頼らず常温での安置が可能になる点も特徴です。
エンバーミングが必要とされるケース
葬儀の日程調整やご遺族の心の準備など、さまざまな事情からご遺体を長く安置する必要が生じることがあります。ここでは、そうした場面でエンバーミングがどのように役立つのかを具体的に整理してみましょう。
長期間安置が必要なケース
エンバーミングが必要とされる典型的なケースとして、葬儀までに日数がかかる場合が挙げられます。
たとえば遠方の親族を待つ間や火葬場の予約の都合でご遺体を長く安置しなければならない場合、通常のドライアイス処置では限界があります。エンバーミングを施せば10日〜2週間程度は衛生的に保たれるため、ゆとりをもってお別れの時間を取ることができます。
また、日本では法律で「死後24時間は火葬できない」と定められていますが、近年は火葬場の混雑により4〜5日以上待つケースも出てきています。エンバーミングは、そうした状況下でも故人の状態を保ち、慌てずに見送りの準備を進めるのに役立つ技術です。
外見の保持と心理的ケア
事故やご病気でご遺体の損傷が大きい場合や、闘病により痩せ衰えてしまった場合にも、エンバーミングは有効です。防腐処置と併せてお顔立ちの修復やお化粧も施すことで、生前の穏やかな表情をできる限り取り戻し、残されたご家族にとって心に残るお別れの時間を提供します。
実際、「元気だった頃の姿で送り出してあげたい」という遺族の願いからエンバーミングを希望するケースは増えており、特に身内中心の家族葬で故人をゆっくり見送りたいと考えるご遺族に選ばれています。
たとえば、家族葬に強みを持つ「小さなお葬式」では、希望に応じてエンバーミングを組み合わせた安置方法の相談も可能です。無理のない範囲でプランを検討してみるとよいでしょう。
エンバーミングはご遺体を衛生的かつ美しく保つことで、安心して長く寄り添えるようにする技術です。葬儀まで時間が空く場合や、ご遺体の状態に不安がある場合に大きな助けとなり、遺族の心のケアにもつながります。
ゆっくりお別れの時間を持ちたいご家族にとって、エンバーミングは心強い選択肢と言えるでしょう。
エンバーミングの流れと所要時間
エンバーミングは高度な専門技術であり、「エンバーミングセンター」と呼ばれる専用の施設で数時間かけて行われます。普段あまり聞き慣れない処置だけに、不安に感じる方も多いでしょう。
この章では、エンバーミングの具体的な施術の流れと所要時間について詳しく説明します。
1. 専門施設へのご遺体搬送
エンバーミングは通常、設備の整った専門施設「エンバーミングセンター」で行われます。国内には約70〜80箇所ほどのエンバーミングセンターがあり、大都市を中心に徐々に整備が進んでいます。
施術を行う前に、まずご安置先からその施設へ故人のご遺体をお連れします。施設に到着すると、エンバーマーがご遺体の状態を確認し、処置の準備に入ります。
2. ご遺体の清拭と外見のケア
施術に先立ち、まずご遺体の表面を丁寧に洗浄・消毒します。お体を清潔に保つだけでなく、洗顔や洗髪、保湿剤の塗布、ひげ剃りなど表情を整えるためのお手当ても行われます。
これによって故人の表情が落ち着いた穏やかなものとなり、次の防腐処置に移る準備が整えられます。
3. 防腐処置
エンバーミングのメインとなる工程が防腐処置です。ここでは血管に防腐効果のある保全液を注入し、体内の血液や体液を置き換える処置が行われます。ご遺体の動脈から防腐液をゆっくりと循環させ、同時に静脈から血液などの体液を回収します。
必要に応じて体内の残留物を吸引除去し、防腐液が全身に行き渡ることで組織を固定・保存します。処置後は切開部位を慎重に縫合し、損傷のある部分があれば可能な範囲で整えます。
エンバーミングは、ご遺体への敬意を払いながら外科手術に似た繊細さで行われます。
4. 着付け・化粧とご遺体の帰送
防腐処置が完了した後、最後にもう一度全身を清潔に拭き上げます。そして故人がお召しになる着物や洋服に着付けをし、お化粧や髪型のセットを行います。ご遺族のご希望に沿って生前の面影をできるだけ再現するように心がけ、穏やかな表情に整えられます。
すべての工程が終わると、故人はエンバーミングセンターから再びご自宅や葬儀式場の安置場所へと慎重にお送りされます。
以上が基本的な流れで、施術にかかる時間は通常2~4時間程度です。ご遺体の状態によっては半日ほどかかる場合もあります。衛生管理上、ご家族が立ち会って見守ることはできませんが、専門家が心を込めて処置を施します。
エンバーミングの工程は専門施設で行われる繊細な処置の積み重ねです。一連の流れを知っておくことで、エンバーミングに対する不安や疑問も和らぎ、安心して大切な方をお任せできるでしょう。
エンバーミングの費用と依頼方法
エンバーミングは高度な専門技術であるため、葬儀基本プランとは別に追加費用がかかります。相場を把握し、何が含まれるかを理解しておくことで想定外の出費の不安を避けられます。
また、依頼手続きや必要書類を事前に確認しておくと、限られた時間の中でも落ち着いて準備が可能です。本章では費用の目安と内訳、そして具体的な依頼の流れを整理します。
費用の相場と内訳
エンバーミングにかかる費用はおおよそ15万〜25万円が相場です。この基本料金は日本遺体衛生保全協会(IFSA)によって基準が定められているため、依頼先によって大きな差はありません。
料金にはご遺体の消毒・防腐処置、損傷の修復、着付け、死化粧といった一連の施術費用が含まれています。ただし、ご遺体の搬送費や安置料が別途必要な場合もあり、お体の損傷が激しいケースでは追加の修復費用が発生することもあります。
依頼前に葬儀社から費用内訳の説明を受け、不明な点は確認しておくと安心です。
依頼方法と手続きのポイント
エンバーミングを希望する場合は、まず葬儀社へ相談するのが一般的です。最近ではエンバーミングに対応可能な葬儀社も増えており、多くはIFSA認定のエンバーマーが在籍するか、提携のエンバーミングセンターと連携しています。
たとえば「よりそうお葬式」では、オプションでエンバーミングの直接手配が可能です。


また、複数社を比較したい場合は、「安心葬儀」の一括見積もりサービスを利用してエンバーミングに対応できる葬儀社を紹介してもらう方法もあります。
依頼にあたっては、遺族の同意書および死亡診断書(または死体検案書)の提出が必要です。また、施術時の参考のために生前の元気なお写真や、処置後に着せるお洋服の準備をお願いされることもあります。
葬儀社と事前によく打ち合わせを行い、安心して任せられる体制を整えましょう。
エンバーミングの費用は全国平均で15万〜25万円前後です。搬送費や安置料、追加の修復費用が発生する場合もあるため、見積もり時に内訳を確認することが大切です。
依頼時は死亡診断書と同意書の提出が必要となるため、葬儀社と十分に打ち合わせましょう。
日本におけるエンバーミングの普及状況
日本では火葬が主流であるため、エンバーミングは長らく「特別な処置」と見なされてきました。しかし近年は家族葬の定着や火葬場の混雑、そして専門団体による啓発活動などにより、利用希望者が確実に増えています。
本章ではエンバーミングへの関心の高まりや施設の整備状況、普及を後押しする社会的背景を整理し、国内の現状や今後の展望を解説します。
エンバーミングへの関心の高まり
一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA)が2020年に行った葬儀参列者500名調査(※)では、「葬儀で印象に残ったもの」1位が故人の遺影(42%)、2位が故人の表情(39%)でした。さらに66%が「生前の顔との違いを感じた」と回答し、故人の表情を整えるニーズが顕在化しています。
IFSAは調査結果をもとに「生前に近い穏やかな姿でのお別れ」を実現できる方法としてエンバーミングを紹介しています。こうした“表情重視”の意識は年々高まり、エンバーミングへの関心を後押ししています。
※出典:一般社団法人 日本遺体衛生保全協会「葬儀」に関する調査
施設の整備状況と地域分布
エンバーミング処置を行うには、専用設備である「エンバーミングセンター」が必要です。
IFSA 代表理事のインタビュー(※)によれば、センター数は2021年の70施設から2022年には85施設へ拡大。事業者数も24社から28社へ増え、未設置地域での開設計画も進んでいます。
センターが増えたことで利用可能エリアが広がり、「近隣に施設がないため依頼を断念する」ケースは減少傾向にあります。
※出典:総合ユニコム株式会社[特集]「広がりみせるエンバーミング」インタビュー
普及を後押しする社会的背景
近年エンバーミングが選択肢のひとつとして浸透しつつある背景には、社会構造や葬儀習慣の変化が複合的に関係しています。とくに火葬場の混雑や家族葬の拡大、そして専門団体による啓発活動という三つの流れが重なり、利用希望者・事業者の双方で需要と供給が拡大しました。
初めてでも迷わない!家族葬の流れと費用 丸わかりガイド
以下では、それぞれの要因を整理しながら、エンバーミングの普及を後押しする具体的な動きを見ていきます。
要因 | 概要 |
---|---|
火葬待ちの長期化 | コロナ禍や死亡数の増加により都市部では火葬場予約が混雑。混雑期は4〜10日待つケースもあり、長期間でも衛生・外観を保てるエンバーミングが再評価された。 |
家族葬の拡大 | 2024年の全国調査で葬儀形式の50%が家族葬(※)。少人数のため自宅・小規模ホールでゆっくり過ごす時間を確保しやすく、長期安置ニーズと「穏やかな表情で見送りたい」要望がエンバーミング利用を後押し。 |
IFSAの啓発と資格制度 | IFSAは認定エンバーマー養成、事業者向けセミナー、議員連盟との連携などを継続。専門人材と施術施設の裾野を広げ、消費者の選択肢を増やしている。 |
「故人の表情を整えたい」という関心の高まりに加え、火葬待ちの長期化や家族葬の定着など環境要因も重なり、エンバーミングは従来の“特殊処置”から“選択肢の一つ”へと位置づけを変えてきてます。施設整備と専門家育成が進む現在、利用を検討するご遺族にとって、身近で頼れる手段になりつつあるでしょう。
※出典:いい葬儀「第6回お葬式に関する全国調査」
エンバーミングのメリットと利用時の注意点
最後に、エンバーミングを施すことによるメリットと、利用する際に知っておきたい注意点・留意事項をまとめます。
エンバーミングには、故人を生前のような姿で長く保てることや、衛生面の安全性が向上することなど、ご遺族に安心をもたらす長所が多くあります。一方で、宗教的な観点や費用面などから利用をためらう声があるのも事実です。
良い面だけでなく、懸念点もしっかり理解しておくことが大切です。ご家族にとって最適なお見送りができるよう、本章で詳しく解説します。
メリット
ご遺体を長期間衛生的に保てる
防腐処置により腐敗や臭いの発生がほとんど抑えられるため、夏場など気温が高い時期でも安心して故人に寄り添うことができます。また、ご遺体を生前に近い安らかな表情に整えられるため、ご遺族は落ち着いた気持ちでお別れに臨めるという心理的メリットもあります。
感染症の観点でも、ご遺体を消毒・殺菌することで病原菌の危険性が大幅に減少し、医療従事者や遺族への二次感染リスクを低減できます。さらに防腐処置後はドライアイス不要で触れることができるため、故人と心ゆくまで触れ合い見送れる点も遺族にとって大きな利点です。
心ゆくまで別れの時間を取れる
エンバーミングを施すことで、火葬までの猶予が大幅に延びるのも大きなメリットです。
処置後のご遺体は10日〜2週間程度は安全に保たれるため、遠方の家族が集まるのを待ったり、葬儀の日程をゆっくり整えたりする余裕が生まれます。場合によっては最大50日間の長期保存も可能とされており、心残りなくお別れの期間を確保できます。「もっと長く一緒にいたかった」という後悔を減らし、悔いのないお見送りを実現できる点は、エンバーミングの大きな恩恵と言えるでしょう。
なお、IFSAの基準では50日以内に火葬または埋葬することと定められています。
参考 エンバーミングの法的解釈IFSA 一般社団法人日本遺体衛生保全協会
デメリット
宗教的・倫理的な観点からの抵抗感
キリスト教の一部教派やイスラム教では、教義により「遺体に手を加えてはならない」とされるため、エンバーミングは受け入れられません。信仰によっては「遺体を人工的に処置することが魂の安寧を妨げる」と考える場合もあり、ご家族の中に宗教上の理由で反対意見があるときはその意向を尊重する必要があります。
また宗教に限らず、「遺体は自然のままに送り出したい」という価値観をお持ちの方もいらっしゃいます。そのため、実際に利用する際はご本人やご親族の意思確認が大切です。
エンバーミングを提案された場合でも、疑問や不安があれば遠慮なく葬儀社に相談し、無理に勧められることがないようにしましょう。
費用負担や環境への影響などの不安
他にも留意したい点として、費用負担があります。エンバーミングには数十万円の費用がかかるため、経済的な負担が大きく感じられるかもしれません。
ただし費用面については葬儀保険の適用範囲であったり、プランによって割引がある場合もありますので、気になる場合は事前に確認してください。
また、エンバーミングで使用する防腐剤は環境への影響も議論されることがあります。使用されるホルマリンなどの薬品は法規制のもと安全に扱われますが、環境負荷を懸念する声も一部にはあります。
エンバーミングにはご遺体の保存状態を飛躍的に高め、遺族の心の負担を軽くする多くのメリットがあります。一方で、宗教的な信条への配慮や費用負担といった注意点も存在します。
大切なのは、故人とご遺族の意向を何よりも尊重することです。エンバーミングを利用すべきか迷う場合は、葬儀社の担当者や専門家に相談し、メリット・デメリットを理解した上で決めるようにしましょう。
まとめ
エンバーミングについて、概要から具体的な流れ、費用・メリット・注意点まで解説しました。故人を長期間衛生的に保ち、ゆっくりとお別れできるエンバーミングは、ご遺族にとって心強い選択肢の一つです。
一方で、宗教的な考え方や費用面など、受け入れる上でのハードルもあります。本記事を通じてエンバーミングへの理解が深まり、いざという時に後悔のない最善のお見送り方法を選ぶ一助になれば幸いです。
大切な人との最後の時間が、かけがえのない穏やかなものとなりますよう心より願っております。