親族が亡くなったとき、葬儀費用を「誰が支払うべきか」で悩むケースは少なくありません。喪主が全額負担するのが一般的なのか、兄弟姉妹で折半できるのか、香典はどう扱うべきか――この記事では、葬儀費用の総額や内訳、費用負担の慣例と法律上の考え方、さらに親族間で円満に費用分担を話し合うポイントを詳しく解説します。
目次
葬儀費用の総額と主な内訳
葬儀には 数十万円から数百万円 の費用がかかり、全国平均では 約161.9万円(2020年以降)とも報告されています。ただし、葬儀の規模や形式によって大きく異なり、小規模な直葬(火葬式)なら平均約43万円、大人数の一般葬では平均約161万円に上ります。コロナ禍以降は通夜の簡略化や会食規模の縮小もあり、平均費用は以前(2017~2019年の177.8万円)より低下する傾向にあります。
葬儀費用の内訳は大きく3つのカテゴリに分けられ、しばしば「葬儀三大費用」と呼ばれます。まず「葬儀一式の費用」として、祭壇・棺・遺影写真・位牌・骨壷といった葬祭用品や式場使用料、ご遺体の搬送・安置費用(葬儀社スタッフの人件費を含む)など葬儀を行うための基本費用があります。次に「飲食接待費」として、通夜振る舞いや精進落としなど参列者への飲食や接待、返礼品(香典返し)にかかる費用があります。最後に「宗教者への謝礼」として、お布施や読経料、僧侶の交通費(僧侶が会食に参加しない場合のお膳料など)といった寺院・宗教関係の費用があります。これらすべてを合わせたものが葬儀費用の総額となり、式の形式(一般葬・家族葬・一日葬・直葬など)や参列者数によって費用は増減します。
費用の目安としては、例えば少人数の家族葬なら平均約105.7万円、従来型の一般葬なら平均約161.3万円というデータがあります。一方、通夜を省略して一日で行う「一日葬」は平均87.5万円、火葬式のみの直葬は平均42.8万円とされています。葬儀費用は地域の習慣や式の内容によっても差があり、「これが絶対」という相場は出しにくいのが実情です。大切なのは、自分たちの予算や希望に合わせて内訳を把握し、不要なグレードを見直すことで適切なプランを選ぶことです。

喪主が葬儀費用を負担するのが一般的?
法律上、葬儀費用を誰が負担すべきか明確な規定はありません。民法897条では祭祀(先祖供養)の承継者について定めていますが、葬儀費用そのものの支払い義務について直接の規定はないのです。したがって、法律的には「この人が必ず払う」という決まりはなく曖昧なのが現状です。
しかし、日本では「喪主(葬儀主催者)が葬儀費用を支払う」のが一般的な慣習となっています。特に故人の配偶者や長男が喪主を務め、その者が費用を負担するケースが多いとされます。昔から「長男が家督を継ぐ」文化の名残りもあり、親の葬儀費用は長男が負担する例が一番多いとも言われます。長男以外でも、実家の家業や仏壇を継いだ相続人が費用負担することも少なくありません。要するに、喪主を務める人が支払うのが通例であり、喪主が相続人ならその人が、仮に喪主が相続人でない友人知人であればその人が負担する、と考えるのが一般的です。
この背景には、「葬儀を執り行うかどうか、どの規模・内容で行うかは喪主が決定するものだから、費用負担もその喪主が引き受けるのが筋である」という考え方があります。実際、葬儀社との契約者は喪主個人であり、葬儀費用の債務(支払い義務)は喪主と葬儀社の契約によって発生するものです。故人が亡くなった後に発生する費用であるため、相続債務(故人の生前の借金など)ではなく、相続人が当然に引き継ぐ義務はないのです。
以上から、「基本的には喪主が全額負担する」という前提で進められることが多いですが、必ずしも“喪主=費用全負担”でなければならないわけではありません。後述するように、実際には遺産から支払ったり、兄弟姉妹で分担したりするケースも多いのが現実です。
葬儀費用を家族で分担する方法いろいろ
喪主一人で負担せず、家族や相続人同士で葬儀費用を分担することも可能です。特に費用が高額になる場合や、喪主一人に経済的負担が集中するときは、兄弟姉妹・親族で話し合って按分するケースも見られます。ここでは、家族で費用を分担する代表的な方法を紹介します。
相続人同士で折半・按分する
たとえば故人に子どもが複数いる場合、相続人全員で平等に費用を出し合う方法があります。全員が同額ずつ負担する「折半」だけでなく、年齢や収入差を考慮して負担割合を決めるなど柔軟な取り決めも可能です。いずれにせよ事前によく話し合い、全員が納得できる負担割合を決めておくことが肝心です。兄弟間の経済力に差がある場合は、均等額ではなく負担能力に応じて割合を調整するといった配慮も検討するとよいでしょう。
遺産(相続財産)から支払う
故人の預貯金や遺産から葬儀費用を出す方法です。相続人全員が合意すれば、遺産を使って費用をまかなうことが可能です。実際にも「遺産から葬儀代を差し引き、残りの遺産を分割する」形で円満に解決している家族が多いとされます。ただし法的には、葬儀費用は故人死亡後に発生した債務であり遺産分割の対象ではないため、本来は各相続人の話し合いとは別問題です。他の相続人の同意なく一方的に遺産から出すことは認められない点に注意しましょう。葬儀費用のために遺産を充当する場合は、必ず全員の了承を得て実行する必要があります。なお、故人の銀行口座は死亡後に凍結されるため、そのままでは引き出せませんが、2019年の法改正により各銀行ごとに最大150万円までなら葬儀費用として遺産口座から仮払い請求できる制度もあります。急な出費で手元資金が足りない場合には、この制度を利用して故人の口座から費用を一部捻出することも検討できます。
施主が費用を負担する
「施主」とは本来、葬儀全体の費用負担者を指す言葉です。喪主と同じ人が施主を兼ねる場合も多いですが、ケースによっては喪主とは別に施主を立てることもあります。例えば、故人が会社経営者で取引先が多い場合、家族の代表が喪主を務め、会社側から施主(費用提供者)が出ることもあります。また、高齢の配偶者に代わって子が喪主を務め、費用は配偶者(施主)が負担するケースもあり得ます。何らかの事情で喪主自身が費用を出すのが難しいとき、喪主と同等の責任を持つ施主を別途決めて費用を出してもらうという方法です。このように家族・親族の間で「誰が施主になるか」話し合って決め、費用をその人が負担することも可能です。
いずれの方法にしても、重要なのは事前に関係者全員で相談し合意しておくことです。突然の不幸ではなかなか冷静に話し合う時間もないかもしれません。しかし、もしものときに備えて生前から「葬儀の規模や費用をどうするか」「費用は誰がどの程度負担するか」を家族で共有しておくと、後々のトラブル防止に大いに役立ちます。

香典は誰が管理し、どう費用に充てるべきか
香典(弔慰金)は参列者から遺族へ贈られる金品で、本来は「霊前へのお供え」とともに突然の出費への助け合いという意味があります。そのため香典は葬儀費用の補填に充てられるべきものであり、基本的には葬儀を執り行った喪主が受け取るものとされています。香典は法律上遺産ではなく相続財産に含まれません。各相続人が「自分の取り分だ」と分割請求することはできず、また相続税の課税対象にもなりません。あくまで参列者の善意で葬儀費用を賄うための金銭なので、遺産分割の対象から除外されているのです。
香典の管理者は慣例的に喪主です。喪主が葬儀費用を全額負担した場合は、受け取った香典は喪主個人のものとなり、葬儀費用の穴埋めに充当します。一方、兄弟姉妹で葬儀費用を折半した場合には、香典も等分に分け合うのが公平です。実際には「香典をわざわざ分配するのは手間」という声もあり、香典はすべて葬儀社への支払いに充て、残った差額分だけを折半するという方法もとられます。例えば、葬儀費用100万円に対し香典総額が80万円集まった場合、20万円の不足分を遺族で分担する、といった具合です。逆に香典が費用総額を上回った場合、その余剰分の扱いについても話し合っておくと良いでしょう。香典は本来葬儀費用のためのものなので、余ったとしても喪主や遺族が受け取って問題はありません。ただ、後々のために収支を明確にしておく(領収書や香典リストを保存する)ことをおすすめします。
注意したいのは、香典と費用負担の不公平が原因でトラブルになるケースです。例えば「兄弟で費用を分担したのに、香典は喪主が独り占めした」という状況になれば、確実に不満が噴出します。実際にそのような事例から兄弟仲が険悪になったケースも報告されており、香典の扱いについても事前に合意を取っておくことが大切です。香典は参列者の厚意であり本来喪主に託されるものですが、相続人間で使い道について認識が食い違うと揉めやすいので要注意です。葬儀費用を香典でどこまで賄うか、香典を含めた実質的な負担額をどう分け合うか、事前に家族で話し合っておきましょう。
また、香典に過度に頼らないことも重要です。香典はあくまで好意であり、必ずしも十分な額が集まるとは限りません。もし想定より少なければ不足分を自腹で補う必要が生じ、負担が大きくなってしまいます。香典収入でまかなえる範囲内に葬儀費用を抑えるのが理想ですが、それが難しい場合でも香典が無くても支払える金額内で葬儀プランを選ぶことが肝要です。香典はあくまで補助と考え、最終的には自分たちで負担する覚悟を持っておくと良いでしょう。
民法上の葬儀費用の負担責任と裁判例
法律の面から見ると、前述の通り葬儀費用の負担者を直接定めた条文はありません。葬儀費用は相続開始後に発生するため、故人の遺産(相続財産)の一部とはみなされず、遺産分割の対象にも本来含まれません。つまり、葬儀費用は故人の借金のような「相続債務」ではないので、相続人が当然に引き継いで払う義務はないのです。葬儀社との契約上は喪主個人が債務者であり、法律的には「葬儀を行いたい人(喪主)が費用を支出する」という扱いになります。
しかし、現実の相続実務では遺産から葬儀費用を控除し、残りを相続人で分ける形で処理することが多いのも事実です。相続人全員が合意していれば、遺産配分の話し合いの中で葬儀費用の負担も含めて解決して構わないと解されています。多くの場合、「まず香典と遺産で葬儀代を賄い、足りない分を遺族で負担する」という解決が図られているようです。
一方で、話し合いがつかず争いになった場合は、誰が葬儀費用を負担すべきかについて裁判で判断が下された例もあります。代表的なのが平成24年3月29日の名古屋高等裁判所の判例です。この事案では、亡くなった方Aの兄弟B(喪主を務めた)が、疎遠だったAの子供たちD・E(相続人)に対し「葬儀費用はAの遺産から出す予定だったのだから、相続人であるあなた方が負担すべきだ」と請求しました。しかし裁判所は、「葬儀費用は、その葬儀を計画・実行した者(喪主)が負担すべきもの」との判断を示し、Bの請求を棄却しています。D・Eには支払い義務がなく、喪主として葬儀を主宰したB自身が責任をもって負担すべきだという結論でした。事前の合意もなくBが独断で葬儀を執り行った以上、後から一方的に費用を求めるのは認められないという趣旨です。
この判例は、「必ずしも相続人(遺産を受け取る人)が葬儀費用を負担するとは限らない」ことを示唆しています。実際、学説上も見解は分かれており、「共同相続人が法定相続分に応じて負担すべき」という説、「喪主が負担すべき」という説、「遺産から支出すべき」という説、さらには「地域の慣習や条理に従うべき」という説まで様々です。統一的なルールはなく、ケースバイケースと言えるでしょう。ただ近年の裁判例では、故人が生前に葬儀契約を結んでいた場合や費用負担の取り決めがある場合を除き、基本的に「喪主負担説」を採用する傾向が強まっています。つまり「話し合いがないなら喪主が全部払うべき」との判断が多いのです。
裁判所が喪主負担を妥当とする理由は、「葬儀の実施有無や規模・費用は葬儀主宰者の裁量によるものだから」という点にあります。確かに、他の相続人に無断で豪華な葬儀を決行した場合、その費用まで遺産から控除されたのでは不公平でしょう。反対に、喪主のなり手がいない中でやむを得ず引き受けただけなのに、一人で全額負担というのも酷な場合があります。このように双方の言い分に一理あるため、一概に「誰が払うべき」と決めるのは難しい問題です。
現状では、「喪主負担」が判例上有力とはいえ、喪主になれば当然に遺産から出せるわけでも、他の相続人に請求できるわけでもないことに注意が必要です。したがって、トラブルを避けるには事前に他の相続人と葬儀内容や費用について十分に協議し、合意しておくのが一番です。万一話し合いがまとまらない場合でも、「独断で進めない努力」をしておくことが大切です。例えば、葬儀の規模や見積もりを他の家族にも伝えて意見を求める、葬儀社から第三者的に説明してもらうなどしておくと良いでしょう。そうすることで、後から費用負担でもめた際に「一方的に進めたのではない」と主張しやすくなりますし、裁判になっても有利に働く可能性があります。
親族間で円満に話し合うためのポイント
葬儀費用は金額が大きいだけに、家族間のコミュニケーション不足が原因でトラブルになりがちです。実際、葬儀代や香典を巡る揉め事は非常に多いのが現実で、「代表者が立替えたのに他の遺族が負担してくれない」「香典の額が十分あったのに何の説明もなく使われた」といった不満が各地で起きています。そうならないために、以下のポイントを押さえておきましょう。
生前の意思表示と情報共有
もし可能なら、故人が生前に葬儀の希望や費用負担の意向を表明しておくことが望ましいです。具体的には遺言書に付言事項として「葬儀費用は○○が負担する」「香典は全員で分ける」等記載する方法があります。遺言書のそうした付記部分に法的拘束力はありませんが、故人の最後の意思として遺族の指針になります。もっとも遺言は通常、葬儀後に開封されるため、日頃から家族と話し合って意思を伝えておくことも大切です。最近では「死後にもめないように」と生前に家族会議を開いたりエンディングノートを準備する方も増えています。
葬儀の規模・内容は皆で決める
葬儀に対する考え方は人それぞれで、「盛大に送りたい」派もいれば「質素でいい」派もいます。どんな葬儀にするかによって費用も変わるため、故人や家族の希望を事前にすり合わせておくことが重要です。葬儀が始まってしまうと慌ただしく、ゆっくり相談する時間はありません。元気なうちに家族で葬儀の方針について話し合っておくと安心です。「どこに依頼するか」「宗教形式はどうするか」「予算は上限いくらまでか」など、具体的な項目について意見交換しておきましょう。
費用と香典の金額をオープンにする
葬儀後、金銭のことで疑心暗鬼にならないよう、費用総額や香典収入は親族間で開示するようにしましょう。領収書類はきちんと取りまとめ、希望者には内訳を見せられるようにしておくと信頼関係を損ねずに済みます。香典の集計も複数人で確認作業を行うとベターです。その上で、「費用から香典を引いた差額を法定相続分に応じて負担しよう」など公平感のある精算方法を提案すると良いでしょう。透明性を確保し、お金の流れを全員で把握することで、後から「聞いてない」「不正があったのでは」などと疑われる事態を防げます。
費用負担の合意形成
葬儀費用は誰が何割出すのか、早めに合意形成しておくことが肝心です。喪主=全額負担が難しい場合、遠慮せず周囲に相談しましょう。「もしもの時は皆で助け合おう」と普段から話題にしておくだけでも、いざという時スムーズに話が進みます。最近は雇用環境や経済状況の変化で、一人で全額負担するのが難しい家庭も多いでしょう。遠慮せず兄弟姉妹に協力を仰ぎ、柔軟に負担を分かち合う意識を持つことが大切です。誰か一人に過剰な負担がかかれば人間関係も悪化しかねません。お互い様の気持ちで支え合うことを確認し合いましょう。
以上のポイントを踏まえれば、「葬儀費用は誰がどれだけ負担するか」という問題も円満に解決しやすくなります。繰り返しになりますが、法律で厳格に決まっているわけではない分、家族の話し合い次第で柔軟に決められるのです。その自由度があるがゆえに揉める余地も生まれるため、コミュニケーションを密にし、故人の意思と各人の事情を尊重した取り決めをしておくことが何よりも重要と言えるでしょう。
まとめ
葬儀費用は大きな出費であり、誰が支払うか明確なルールがないために家族間で迷いやすいテーマです。一般的には喪主が費用を負担するケースが多いものの、実際には香典や故人の遺産を活用したり、兄弟姉妹で分担したりすることもできます。肝心なのは、事前の話し合いと合意形成です。慣例や平均例を参考にしつつも、最終的には各家庭の事情に合わせて柔軟に決めて構いません。
法律的にも葬儀費用の扱いはグレーな部分があり、争いになると「喪主が全額負担」という判断が下される傾向があります。そうならないためにも、生前から家族で意思疎通を図り、費用負担の方針を共有しておくことがベストです。葬儀は故人を送り出す大切な儀式です。最後のお別れを気持ちよく行うためにも、金銭面の不安や不信は事前に取り除き、皆が納得できる形で協力し合うことを心がけましょう。